はじめに|医師の機嫌読みに、業務時間の3割を使っているなら

1日8時間のうち、約2時間半。

今やること明日の書類依頼を、先生ごとに時刻を決めて1行ずつ書いておく。読むのは表情ではなく、勤務のシフトのほう。
▼ 自衛策を見る

医師ごとに依頼するタイミングを計り、声かけのトーンを変え、表情を読む時間を、私が現場で計ってみた目安です。

書類1枚を渡すのに、A先生には17時前、B先生には17時以降、部長には機嫌の良い午前中。

業務そのものよりも、業務に至るまでの段取りに時間を取られるのが医療事務の現実です。

きっかけは2024年4月の医師の働き方改革でした。総合病院で医療事務10年以上、採用に3年関わってきた立場から、医師が二極化した構造と、現場で使える3つの自衛策を解説します。

朝6時に起きて高速で片道50km。家を出る前から「今日はA先生の機嫌どうかな」と頭が回り始めていた時期がありました。

同じ感覚を抱えているなら、少しでも肩の力を抜いてもらえたらと思って書いています。


この記事でわかること

読み終えた時、皆さんは- なぜ2024年の働き方改革で医師が二極化したのか
- 医師-看護師-患者の「3方向圧」の構造
- その二極化が、なぜ医療事務にしわ寄せされるのか
- 3タイプの医師別「自衛策」(声かけ・依頼タイミング・付き合い方)
- 板挟みが続いた時の心の整理と、キャリアの選択肢

を、持ち帰れる状態になっています。


板挟みの正体|医師-看護師-患者の「3方向圧」

医療事務の板挟み。実は医師だけが原因ではありません。

現場では、3方向からの圧が同時に押し寄せます。

方向 主な圧の内容
医師から 「書類はまだ?」「算定確認して」「夜は対応できない」
看護師から 「先生に確認しといて」「事務で連絡しといて」
患者さんから 「待ち時間が長い」「説明が違う」「会計まだ?」

医師の機嫌だけ気にしていれば済むなら、まだ楽です。実際は3方向それぞれの期待値を、医療事務1人で受け止めます。

元採用担当として聞いてきた声
中途採用の面接でも「医師との関係が」と話す人は多くいました。ただ、よく聞くと、医師単体ではなく3方向圧の総量で限界を超えていたケースがほとんどでした。

この構造を知っておくだけで、「自分が弱いから板挟みになる」という自責が少し軽くなります。ここは大きいです。


なぜ医師が二極化したのか|2024年4月の働き方改革

2024年4月から、医師の労働時間に上限規制が導入されました。

それまで「医師は労働時間管理の例外」とされてきた状況が、原則として一般労働者と同じ枠組みに入った形です。

厚生労働省が医療機関向けに出しているパンフレットには、こう書かれています。

2024年4月1日から、医業に従事する勤務医の時間外・休日労働時間は、原則として年960時間が上限となります(A水準)。
 医療機関が、地域医療の確保などの必要からやむを得ず、所属する医師にこれを上回る時間外・休日労働を行わせる必要がある場合は、その理由に応じて、都道府県知事から指定を受ける必要があります。

出典:厚生労働省医政局の医師の働き方改革パンフレット(2023年4月発行)6ページ/2026年9月18日に確認

上限は1つではありません。指定を受けると、上限が変わります。

指定の種類 長時間労働が必要な理由 年の上限時間
(A水準) 原則(指定取得は不要) 960時間
連携B水準 他院と兼業する医師の労働時間を通算すると長時間労働となるため 通算で1,860時間(各院では960時間)
B水準 地域医療の確保のため 1,860時間
C-1水準 臨床研修・専門研修医の研修のため 1,860時間
C-2水準 長時間修練が必要な技能の修得のため 1,860時間

出典:厚生労働省医政局の医師の働き方改革パンフレット(2023年4月発行)6ページ/2026年9月18日に確認

目の前の先生がどの水準かで、動ける時間が違う。同じ病院の中でも違うことがあります。

帰る時刻が決まっているのには、理由があります

上限時間だけではありません。退勤から次の出勤までの間隔にも、ルールが入りました。

①始業から24時間以内に9時間の連続した休息時間を確保(通常の日勤および宿日直許可のある宿日直に従事させる場合)
 ②始業から46時間以内に18時間の連続した休息時間を確保(宿日直許可のない宿日直に従事させる場合)

出典:厚生労働省医政局の医師の働き方改革パンフレット(2023年4月発行)17ページ/2026年9月18日に確認

図で見ると分かりやすいところです。

勤務間インターバルの例の図。例1は始業が午前8時・終業が午後11時の医師で、始業から24時間以内に9時間の連続した休息時間を確保する。日勤、休息、翌日の日勤という並び。例2は始業が午前8時・終業が翌日午後0時の医師で、始業から46時間以内に18時間の連続した休息時間を確保する。日勤、宿直、午前勤、休息、翌々日の日勤という並び。始業と終業の時刻はあらかじめ勤務シフト等で予定されているもの。

出典:厚生労働省医政局の医師の働き方改革パンフレット(2023年4月発行)18ページ/画像はタップで拡大

17時に帰る先生を見て「早いな」と思っていたこと。翌朝の始業から逆算して、休息の時間を作っているのかもしれません。

月の時間外・休日労働が100時間以上になると見込まれる医師には、面接指導も義務づけられています。

この改革をきっかけに、若手医師の働き方の選択が、はっきり分かれてきたように感じます。

① 定時で帰ることを大事にしている先生

  • 17時きっかりに退勤
  • 残業・飲み会は基本的に断る
  • 自己研鑽より家族・趣味を優先
  • 患者さんへの対応はきっちりこなす

② 時間をかけて経験を積みたい先生

  • 「もっと手技を覚えたい」と焦りを抱える
  • 隠れて夜に残ったり、土日に「自己研鑽」扱いで来院
  • 帰されることへの不満を抱えている
  • 上の世代の価値観に近い

両方の言い分はそれぞれ筋が通っています。問題はここ。この2つの働き方が同じ職場に並びます。


なぜ二極化のしわ寄せが医療事務に来るのか

ここが本題です。医師の二極化は、医療事務の業務にも直接影響してきますよね。

どんな時 定時で帰る先生 時間をかけたい先生
17時以降の書類依頼 「定時過ぎなのでまた明日」と断る 引き受けてくれる
レセプト確認 「翌日でいいですか」と返される その場で対応してくれる
急な算定相談 受付終了後は不可 夜でも対応してくれる
飲み会・懇親会 不参加 参加する人としない人が分かれる

つまり、同じ依頼でも、医師によって対応・タイミング・声かけ方を変える必要があるのです。

さらに、上の世代、つまり部長・院長クラスが「最近の若手は」と言いたいけれど、パワハラになるので口に出せず、そのモヤモヤが医療事務に向くことがあります。


自衛策①|相手のタイプに合わせた声かけを覚える

医師との関係を全員と同じやり方で作ろうとすると、たいていどこかで摩擦が起きるものです。

3タイプそれぞれに、合う声かけと依頼のタイミングがある。

定時で帰る先生への対応

  • 書類依頼は午前中までに集約して渡す。17時以降の依頼は基本NGです
  • 退勤の挨拶は引き止めず「お疲れ様でした」のみ
  • 急ぎの相談は「明日の朝一でお願いできますか」と前倒しで予約

NG行動:「あと10分だけ」「今だけ確認お願いします」と引き止める。一度引き止めると以降の関係が冷えます。

時間をかけたい先生への対応

  • 夜遅くまで残っている時は「先生、遅くまでお疲れ様です」と労う一言
  • 急なレセプト確認・算定相談は対応してもらえる可能性が高い
  • ただし「同情」ではなく「尊重」のトーンで(同情は失礼)

上司世代の医師への対応

  • 「最近の若手は」と愚痴られた時は「制度ですよね〜」と中立で受ける
  • 若手の悪口に同調しない。後で噂が回り、若手との関係が壊れます
  • 「前は良かった」系のことは事実への反論ではなく感情への共感で返す

自衛策②|業務の「タイミング設計」を変える

声かけだけでなく、業務フロー自体を二極化対応に変える。それだけで消耗はかなり減ります。

朝の30分で「依頼の前倒し」を完了する

医師が出勤してすぐの朝の30分が、書類・確認依頼を集中処理する時間。

  • 書類サインの依頼
  • レセプト確認の予約
  • 算定の質問
  • 当日の段取り確認

これを朝に終わらせると、夕方の駆け込み依頼が激減するでしょう。

17時前にすべての医師に声をかけておく

  • 定時で帰る先生には「本日の依頼は午前中で完了しています」と確認
  • 時間をかけたい先生には「夜の対応をお願いするかもしれません」と事前共有
  • 上司世代には「お変わりありませんか」と一言

私の場合、事前の地ならしがあるだけで、夕方以降のやりとりが減りました。


自衛策③|心の整理|「自分の責任」と「構造の責任」を分ける

3タイプの医師全員と毎日丁寧に付き合うのは、長期的には消耗します。

ここで多くの方が、自分の限界を超えて疲弊します。理由は、全部を「自分の責任」だと思い込んでしまうからです。

線引きの考え方

出来事 自分の責任 構造の責任
医師同士が定時で揉めている × ◯
看護師長と部長の温度差 × ◯
書類依頼を断られた △ ◯
自分のミスで再依頼 ◯ ×

ほとんどの板挟みは構造の責任です。医療事務が丁寧に動いてくれているからこそ、現場が成立している側面のほうが大きいと感じます。

小さなセルフケア3つ① 終業時に「今日の板挟みは構造のせい」と一度だけ口に出す
② 帰宅後30分は仕事のことを一切しない(家族にもLINEにも出さない)
③ 月1回、誰にも会わない日を意識的に作る


それでも続く板挟みのサイン|環境を変える検討時期

「もう板挟みに耐えられない」と感じきる前に、早めに気づいて動くほうが、選べる道が多く残ります。

危険サイン3つ

  1. 朝、駐車場でA医師の車があるかを確認している
  2. 17時のチャイムで医師の動きを毎回観察している
  3. 休日も医師との会話を反芻している

これらは、業務時間外まで医師との関係に頭を支配されているサインといえるでしょう。

動き出すタイミング

「3ヶ月以上、毎週同じサインが続いているか」が判断軸です。3ヶ月以上続くなら、環境を変える検討を始めたい時期でしょう。

転職活動を始めるかどうかではなく、「いつでも動ける準備」をしておくのが正解です。求人サイトに登録して相場観を持つだけ。

それでも気持ちの逃げ場は確保できます。

環境を変える選択肢の例

  • 部署異動:受付からレセプト中心の部署へ。医師との直接接触が減ります
  • 転職:医師との関係性が穏やかな病院へ移る
  • フルリモート医療事務:医師との対面ストレスがほぼゼロに

私自身の経験私は7年間、片道50kmの高速通勤で総合病院に通っていました。医師との板挟み・人間関係の消耗が続いた結果、転職サービス経由でフルリモート医療事務に移りました。今は算定業務中心で、医師との対面ストレスはほぼゼロです。年収は60万円下がりましたが、拘束時間が年間800時間減り、医師の機嫌を読まずに済む生活になりました。

公的な相談先として厚生労働省 こころの耳もあります。一人で抱え込まないでください。


よくある質問(FAQ)

Q1. 医師に直接「もう少し対応してください」と言ってもいいですか?

タイプによります。

定時で帰る先生には基本NGで、関係が冷えます。時間をかけたい先生には可。業務協力者として対等にお願いできます。

上司世代には事務長や看護師長を経由するのが安全です。

Q2. 部長や院長から「最近の若手医師は」と愚痴られた時、どう返すのが正解ですか?

事実への反論ではなく感情への共感で返してください。「制度ですよね〜」「時代ですね〜」のような中立フレーズが安全です。

若手の擁護は後で角が立ちますし、同調すると噂が回ります。

Q3. 板挟みがしんどい時、上司に相談する勇気が出ません

「相談=弱音」ではなく、「相談=業務改善の提案」と捉え直してみてください。「依頼タイミングをルール化したい」など、業務側のこととして持っていくと、上司も乗りやすくなります。

Q4. 看護師との板挟みもあります

看護師との関係は、情報共有のタイミングと回数で決まるものです。

1日3回、朝・昼食前・夕方前の定型情報共有を作ると、それ以外のときにのストレスがぐっと減りますよ。

具体的な距離の取り方は医療事務と看護師の関係|共存術と「やってはいけない」3つにまとめています。

Q5. 板挟みが原因で「辞めるべきか」迷っています

辞めるかどうかは、体調と家族関係を判断軸にしてください。

3週間以上の体調不良、家族との会話が減っている、休日に何もしたくない、が3つ揃ったら、休職・転職を真剣に検討する時期です。

Q6. フルリモート医療事務に移れば、本当に板挟みは消えますか?

完全には消えませんが、対面ストレスはほぼゼロです。テキストコミュニケーション中心で、感情の温度が伝わりにくい分、業務に集中できる環境です。

算定・レセプト中心の業務になるので、向き不向きは事前に確認してください。


板挟みは「個人の頑張り」ではなく「構造」で対処する

医師との板挟み。対応力不足の問題ではありません。

  • 2024年4月の働き方改革で、医師が二極化した
  • 医師・看護師・患者の3方向圧が同時に押し寄せる構造
  • タイプ別の声かけ・タイミング設計で消耗を減らす
  • 「自分の責任」と「構造の責任」を分けて心を整理する
  • 3ヶ月以上続く板挟みは、環境を変える選択肢を検討する

「いつでも動ける準備」を持っておくだけで、今日の板挟みも少し軽くなります。


体系的に職場の人間関係を改善したい方へ:『医療事務、向いてないかも』入職1ヶ月で限界だった私が、辞めずに続けられた理由(¥1,980)


関連記事


著者プロフィールゆう|総合病院で医療事務10年以上。うち3年間は元採用担当として多くの方を面接。7年間、片道50kmの高速通勤を続けたのち、現在はフルリモートの医療事務として算定業務を担当。3児の父。「もうひとりで悩まない医療事務」を届けるため発信中。

最終更新日:2026年6月20日