「医療事務、もう辞めようかな」
帰りの車内でそう呟いた夜があった。

その日のことは、たぶん一生忘れない。

外来が荒れて、午後はずっとクレーム対応で、レセ点検の締切が翌週に迫っていて。 退勤打刻を押してから、財布の中を確認したら、千円札が一枚だけ入っていた。

「これだけ働いて、これだけ我慢して、私の給料って、結局なんなんだろう」

そう思ったのが、たぶんお金と向き合い始めた最初の夜だった。

もしあの時の私と同じように、帰りの車内で小さく息を止めている医療事務さんがいたら、この記事を「遠くの誰か」じゃなくて、「同じ制服を着たことのある私」からの手紙だと思って読んでもらえたら嬉しい。


「総合病院 → フルリモート医療事務」までの遠回り

私はもともと、地方の総合病院で医療事務をしていた。 外来も、入院も、レセプトも、電話対応も、患者さんからの苦情も、ぜんぶやった。

仕事は嫌いじゃなかった。 診療報酬の改定が来るたびに泣きそうになりながらマニュアルを読み込むのも、「ありがとうね」と言ってくれるおじいちゃんの顔を覚えるのも、嫌いじゃなかった。

ただ、給料だけが、ずっと変わらなかった。

子どもの体調不良で早退した日、当たり前のように給与から引かれていて。 持ち帰り残業は「勉強時間」と呼ばれて。 通帳を開くのが、だんだん怖くなっていった。

転職を決めたのは、急に何かが起きたからじゃない。 ただ「このままだと、自分の人生が変わらないまま終わる」という小さな確信が、ある朝ふっと胸に降ってきたから。

今はフルリモートで医療事務を続けている。 それに少しずつ、自分の経験を発信する活動も育てている途中。

総合病院で働いていた頃の私に、もし会えるなら、まずいちばんにこの10個の話を、お茶でも出してあげながら話したいと思う。

制度を知らないだけで、毎月、何万円も損をしていた。 でも、誰も教えてくれなかった。それは、誰かのせいじゃなくて、ただ「知る機会がなかっただけ」。

※この記事は、私個人の経験と、現時点で公開されている制度情報をベースに書いています。金額や条件には「ざっくり」の部分がたくさんあるので、実際にご自身に当てはめるときは、加入している健康保険組合・協会けんぽ・お住まいの自治体・勤務先の総務などに、ぜひ最新情報を確認しながら活用してみてください。


① 打刻した残業時間と、給与明細の残業手当を、そっと毎月見てみる

総合病院時代、これを一度もやったことがなかった。

タイムカードはちゃんと押していた。 給与明細も毎月もらっていた。 でも、その2つを「突き合わせる」という発想が、まるでなかった。

ある月、たまたま電卓を叩いてみたら、打刻ベースで月23時間あった残業が、明細上は「14時間」になっていた。 差額にして、約1万5千円。

「あれ、これ毎月続いていたら、年間で18万円じゃない…?」

あの時の鳥肌は、今でも覚えている。

もし同じように「なんとなく給料が少ない気がする」と感じているなら、責める気持ちじゃなくて、手探りでいいから、こんな順番で確認してみてほしい。

  • 自分のタイムカード、または勤怠システムで、その月の残業時間を集計する

  • 給与明細の「時間外手当」の欄を見る

  • 時給換算で、合っているかを確認する

もしズレていたら、事務長や総務に「計算式を教えてもらえますか?」と、やわらかく聞いてみる。 責めなくていい。「教えてほしい」というスタンスだけ。

※みなし残業制や固定残業手当がある職場では、見え方が少し違うことがある。契約書や就業規則の「固定残業時間」の記載も、あわせて一度だけ目を通しておきたい。


② ベースアップ評価料の風が、少しずつ「事務」にも吹き始めている(かもしれない)

これは、ぜひ多くの医療事務さんに、そっと知っておいてもらいたい話。

2024年の診療報酬改定で、「ベースアップ評価料」という新しい加算が生まれた。 ただ、この時点では、対象は「主として医療に従事する職員」
つまり看護師さんやコメディカルが中心で、医事・受付などの事務職は、原則として直接の対象ではなかった。

それでも、 「看護・コメディカル等の賃上げが一定以上できていれば、余剰分を事務職員の賃上げに回してよい」 という運用があり、完全に蚊帳の外というわけではなかった。

そして2026年(令和8年)の改定では、「主として医療に従事する職員」から「保険医療機関に勤務する職員」へと対象の概念が広がり、 事務職員も賃上げ計画に含めやすくする方向性が示されている、と整理されてきている。

言い換えると、ベースアップ評価料の原資の一部が、事務職員にも「回ってくる可能性」が少しずつ高まりつつある時代に入った、ということ。

ただ、ここは気持ちを先走らせないでほしい部分でもある。

  • 賃金改善計画に事務職員を含めるかどうか

  • どの職種にどの程度配分するか

これらは、最終的に各医療機関の裁量に委ねられている。「算定しているなら、私の給料も絶対に上がるはず」と決めつけると、期待が大きすぎて、逆にしんどくなることもある。

だから、ボーナス面談や年度初めの面談のとき、穏やかにこんな一言を添えてみるのがおすすめ。

聞くだけでいい。それだけでも、相手の景色はちゃんと変わる。

※最新の算定要件や対象職員の範囲は、厚生労働省や病院団体のサイトで更新されることがあるので、気になるタイミングで一度確認しておくと安心。


③ 給与明細の「控除欄」と、そっと仲良くなる

総合病院で働き始めて3年目くらいまで、給与明細の控除欄を本気で読んだことがなかった。
「健康保険」「厚生年金」「雇用保険」「所得税」「住民税」。 ぼんやりとした漢字の塊に、毎月数万円持っていかれていた。

意味がわかるようになってから、お金との距離がぐっと近くなった。

例えば、健康保険料や厚生年金保険料は、4〜6月の給与で決まる「標準報酬月額」と連動する仕組み。 だから、4〜6月にやたら残業が多いと、その後1年間の保険料が上がることがある。

控除欄を読めるようになるだけで、「働き方の戦略」が見えるようになる。 それは、節約とも、出世とも違う。

紙の明細でも、Webの明細でもいい。 1ヶ月分だけでいいから、項目を一つずつスマホで検索してみる。 難しい本を買わなくて大丈夫。検索窓と、5分の勇気だけあれば充分。


④ 求人票と転職エージェントで、こっそり相場を知る

転職するつもりがなくてもいい。
むしろ、転職しないからこそ「相場を知っておく」価値がある、と今は感じている。

総合病院時代、私はそれを怠っていた。 「この職場が普通」だと思い込んでいた。

あるとき、思い切って医療事務専門の転職エージェントに相談してみたことがある。 履歴書を見せたわけでもなく、ただ「今の経歴で、どのくらいの求人がありますか?」と聞いただけ。 返ってきたのは、自分の当時の月収より、3万円ほど高い相場だった。

怒りより先に、「あ、私の労働、ちゃんと値段がついてた」と、少しホッとしたのを覚えている。

求人票を眺めるだけだと、条件の細かい部分までは読み取りにくい。 でも、エージェントに一度話を聞くと、自分の経歴と近い求人を具体的な金額レンジで教えてくれることが多い。
「登録したら絶対に転職しないといけない」わけでもないし、相談だけで終わってもいい。

相場を知ると、自分の市場価値が言葉になる。 言葉になると、面談のテーブルで「交渉」という選択肢が選べるようになる。転職しなくていい。ただ、知っておく。それだけで、働く時の背筋が少し伸びる気がする。

私がどんな経歴で、どの転職エージェントに実際に相談して、どんな流れでフルリモートに辿り着いたかは、プロフィール記事にまるごと書いてある。もし気になったら、そっと覗いてみてほしい。
👉 プロフィール記事はこちら
(※記事内に、私が実際に使った医療事務向けの転職サイトも紹介しています)


⑤ マイナ保険証の時代になって、高額療養費がぐっと身近な存在になった

これは、患者さんに案内するときの話でもあるし、自分や家族のための話でもある。

総合病院で働いていた頃、限度額適用認定証の説明は、月に何度もしていた。 高額な治療を受ける患者さんに「事前に申請してくださいね」と伝える役目。

正直、忘れて来院される方は多かった。 窓口で何十万円も先に払って、後から自分で申請して、数ヶ月後に戻ってくる、という流れをたどる人もたくさんいた。

ただ、今はマイナ保険証の時代。
オンライン資格確認を導入している医療機関なら、受付の時点で「限度額情報の提供に同意」しておくことで、その月の自己負担を高額療養費の限度額内に収めてくれる仕組みが、原則として動いている。 多くの健保組合や協会けんぽでも、「マイナ保険証+オンライン資格確認があれば、事前の限度額適用認定証の申請は不要」 と案内されている。

窓口で大金を立て替える時代は、少しずつ終わりに近づいている。

ただし、ここも「必ず紙が不要」と言い切れない部分があるので、一呼吸おいてほしい。

  • 医療機関側がまだオンライン資格確認を導入していないケース

  • 資格情報の連携がうまく反映されていないケース

こういった場合は、従来通り紙の認定証の提示を求められることがある。 だから、高額な入院や手術の予定があるときは、事前に病院の会計窓口か、加入している保険者(健保組合・協会けんぽ・国保)に「マイナ保険証で対応可能か」を一本電話しておくと安心。

患者さんに案内する側だった医療事務だからこそ、自分の家族にもこの制度を「ちゃんと」届けておきたい。


⑥ 傷病手当金は、計算式をざっくり知っておくだけで、心の「お守り」になる

これも、現役で総合病院に立っていた頃の私に、そっと手渡してあげたい話。

傷病手当金は、健康保険に加入している人が、業務外のケガや病気で4日以上働けなくなったときに受け取れるお金。 ざっくりした計算式は、こう。

直近12か月の標準報酬月額の平均 ÷ 30 × 2/3 (被保険者期間が12か月に満たない場合は、直近3か月の平均を使うなどの例外あり)

例えば、月収24万円の人なら、日額にしてだいたい5,300円前後。 これが、通算で最長1年6か月続く。

総合病院時代、メンタルが限界に近かった時期がある。 あの頃、もしこの制度を「ちゃんと」知っていたら、もう少し早く休む決断ができたと思う。 「休んだら、生活が終わる」と思い込んでいたから、踏ん張るしかなかった。

でも本当は、踏ん張らなくていい選択肢が、ちゃんと制度として用意されていた。

知識は、お守りになる。 知っているだけで、いざというとき、自分と家族を守れる側に立てる。

※実際の金額は、加入している健康保険の種類、被保険者期間、過去の収入で変わる。「自分の場合は日額いくらか」を知りたいときは、協会けんぽや健保組合のサイトに計算例が載っているので、一度のぞいてみてほしい。


⑦ 雇用形態の選択肢は、本当はもっとたくさんある

総合病院で働いている時、私の頭の中の選択肢は、たった2つだった。 「ここで働き続ける」か、「医療事務を辞める」か。

そのあいだに、こんなにたくさんの道があるなんて、あの頃の私は知らなかった。

  • 同じ病院でも、パートから正社員に登用される制度

  • レセプト点検代行のフルリモート求人

  • 医療系コールセンターの在宅オペレーター

  • オンライン診療のクリニックで、自宅から事務サポート

  • 医師事務作業補助者として、別フィールドにスライド

私自身、最終的にフルリモートの医療事務に辿り着けたのは、選択肢を「言葉で知った」からだと思う。 求人サイトを毎週のぞくだけで、世界の見え方は少しずつ変わる。

「辞める」か「続ける」かの二択は、たいてい嘘の二択。 そのあいだには、霧のなかに隠れた細い道が、何本もちゃんと通っている。

自分の足元にある道は、思っているよりずっと多い。 焦って決めなくていい。ただ、見つけていい。


⑧ ふるさと納税・医療費控除・iDeCo は、生活の標準装備にしていく

総合病院にいた頃、節税という単語にずっと苦手意識があった。
「お金持ちの話」だと思っていたから。

でも、節税はむしろ、給料が上がりにくい立場の人ほど、じわりと効いてくる制度だった。

  • ふるさと納税は、自己負担2,000円を超える部分が住民税などから控除される仕組み。普段使うお米やトイレットペーパーが返礼品として届くのも嬉しい。

  • 医療費控除は、家族全員分の医療費を合算して年間10万円を超えたぶんが、所得から差し引いてもらえる。

  • iDeCoは、毎月の掛金が「全額所得控除」になる。月1万円積み立てたら、年間12万円が所得から引かれる計算。

例えば、所得税・住民税の合計負担率がざっくり15〜20%くらいの人が、iDeCoに月1万円積み立てると、12万円×15〜20%=およそ1.8万〜2.4万円くらいの税負担減のイメージ。 これに、ふるさと納税3万円(自己負担2,000円)を組み合わせると、「使ったお金に近い金額が税金から戻ってくる」という流れができあがる。

※ここはあくまで一例。実際の控除額は、年収・家族構成・他の控除で大きく変わるので、シミュレーションサイト(ふるさと納税ポータルや、自治体・iDeCo公式サイト)で一度「自分の数字」を入れてみるのがおすすめ。

節税は、やる人だけが得する制度、じゃなくて。 やらない人だけが、そっと損していく制度だった。

総合病院時代の私が、本当に知っておくべきだった話。


⑨ 固定費は、年に1回だけ、まとめて見直す日を決めておく

節約と聞くと、つい「コンビニを我慢する」「お弁当を作る」を思い浮かべる。 でも、自分を削るタイプの節約は、私には長続きしなかった。

代わりに効いたのは、固定費の「年1回の棚卸し」だった。

  • スマホのプラン

  • 自宅のWi-Fi

  • 電気・ガス会社

  • 使っていないサブスク

  • 入りっぱなしの保険

総合病院時代、この棚卸しを一度やったら、月に約1万2千円浮いた。 年間にして約14万円。 これは、頑張って残業した1ヶ月分に近い金額だった。

削る順番を間違えなければ、生活の質は落とさずに、未来の貯金が増える。

毎年、自分の誕生月に「お金の棚卸し日」を決めるのがおすすめ。 忘れないし、「自分のためにやる時間」として記憶されやすい。 頑張らなくていい。年に1回、一緒にコーヒーを飲みながら眺めるくらいの気持ちで充分。


⑩ 医療事務のスキルは、副業として、外に持ち出せる

これは、今のフルリモート+副業の生活に辿り着いた私だからこそ、声を大きくして伝えたい話。

総合病院で5年以上働いていた頃の自分は、 「私のスキルなんて、この病院の中でしか通用しない」 と思い込んでいた。

レセプト、保険証の確認、患者対応、診療報酬の知識、電子カルテ操作。 全部、外でも価値のあるスキルだった。

実際に、副業として外に持ち出せる場所はある。

  • レセプト点検の業務委託

  • 医療系ライターやブロガー

  • 医療事務スクールの添削スタッフ

  • 自分の経験を発信するSNS運用

最初の月、副業で稼げたのは、たった3,000円だった。 でも、その3,000円は、「給料以外の収入が、自分の手で生まれた証拠」だった。 銀行口座の数字が増えたこと以上に、「私、ここでも通用するんだ」と思えたことのほうが、何倍も大きかった。

給料は会社が決める。 でも、副収入は、自分で決めていい。

帰りの車内で「もう辞めようかな」と呟いていたあの夜の自分に、いちばん渡したい言葉がこれかもしれない。


さいごに

この10個は、特別な才能のある人の話じゃない。 特別な資格を持っている人の話でもない。 (私自身、診療報酬請求事務能力認定試験のような資格は持っていない。それでも、フルリモートの医療事務として働けている。)

ただ、毎月の給与明細を「ちゃんと見る」ようになっただけ。 求人票を「ときどき開く」ようになっただけ。 制度の名前を「検索できる単語」として持つようになっただけ。

それだけで、お金との距離はゆっくり近づいた。

止まっていた頃の自分と、今フルリモートで自分のペースで働いている自分は、たぶん能力的にはほとんど変わらない。 変わったのは、知っていることの数と、行動に移す勇気の「最小単位」だけ。

もし今、似たような場所で立ち止まっている医療事務さんがいるなら。 この10個のうち、一つでいいから、明日試してみてほしい。 給与明細を開く。求人票を1件だけ見る。ふるさと納税のサイトを、3分だけ眺めてみる。 それくらいで、本当に、世界の見え方は少しずつ変わり始める。

最後にもう一度だけ添えておきたい。
この記事の内容は、一般的な制度の話と、私個人の経験談を織り交ぜたもの。 「自分にはどれが当てはまるかな?」というところから、どうか焦らずに、ひとつずつ選び取っていってもらえたら嬉しい。 不安なときは、加入している健康保険、勤務先の総務、自治体の窓口に、気軽に聞いてみて大丈夫。 聞いていい。あなたの権利だから。


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