「あ、ごめーん!車の下に落ちてたわ〜!」
電話口で明るく放たれたこの一言で、私のその日の気力は音を立てて崩れ去りました。
戦場のような病院の窓口に立っていると、理不尽なクレーム以上に精神を削られる瞬間があります。それが「もらった薬をなくした」という患者さんからの電話対応です。
病院や薬局でもらった、薬の入った紙袋。 「とりあえず」と、適当にカバンの底や車の助手席にポイッと放り込んでしまう。日常のよくある風景かもしれません。
でもそれ、数万円の現金を裸で持ち歩いているのと同じくらい危険な行為なんです。
紛失=「全額自費」という恐ろしいルール
結論から言います。 不注意で薬をなくして再発行する場合、保険は一切ききません。
日本の保険証は、たった1〜3割の支払いで医療を受けられる素晴らしい魔法のカードですが、個人の「紛失」という不注意の尻拭いまではしてくれません。
「全額自費(10割負担)」という恐ろしいペナルティが待っています。
「でも、たかが薬代でしょ? 数千円払えば済む話じゃないの」と思うかもしれません。ここからが、現場の人間しか知らない本当の地獄です。
リアルな数字で見る「絶望のお会計」
全額自費になって高額な支払いが発生するのは、薬局での「お薬代」だけではありません。病院側で処方箋を再発行するためにも、自費での「診察料」や「処方箋代」がガッツリ請求されます。
具体的に、どれくらいのお金が飛んでいくのか計算してみましょう。 医療費は「1点=10円」というポイント制(診療報酬点数)で計算されます。
もし、初診扱いで処方箋だけを再発行してもらった場合、最低でも以下の点数がかかります。
初診料:291点(2,910円)
処方箋料:68点(680円)
保険がきけば約1,000円で済むところ、全額自費になるため、ただ「処方箋という紙切れ1枚」をもらうだけで【3,590円】が確定します。
そして、これはあくまで「病院の窓口」だけの話。 この後、薬局へ行って「お薬代」+「調剤料(薬剤師さんの技術料)」などを10割負担で支払うことになります。安く見積もっても、合計で7,000円〜10,000円が一瞬で吹き飛びます。
さらに恐ろしい「自由診療の罠」
ここで、もう一つ背筋の凍る事実をお伝えします。
保険がきかない「自費(自由診療)」の扱いは、病院や薬局側で金額を自由に設定していいというルールになっています。
つまり、普段は「1点=10円」で計算している病院でも、自費の場合は「1点=15円」や「1点=20円」で計算されるケースが多々あるのです。さらに、そこに消費税まで乗ってきます。 先ほどの3,590円が、病院のルール次第で5,000円にも6,000円にも跳ね上がる。これが、薬の紛失に隠された本当の恐怖です。
終わりのない不毛な押し問答
この事実を電話で伝えると、患者さんはほぼ100%パニックになります。
「え、自費!? そんな高額払えないよ!保険でやってよ!」
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「不正請求になってしまうので、絶対に出来ません」
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「じゃあどうすればいいの!?」
財布を落として交番に行き、「お金ちょうだい」と言ってもお巡りさんはくれませんよね。それと同じで、病院側もルールの壁を越えて保険を適用することは、どうやっても不可能です。
「……もう一度だけ、カバンの中や車の中、お家の中をよく探してみていただけませんか?」
延々と続く不毛なやり取りの末、限界の声でそう伝えると、数分後に折り返しの電話が鳴り、9割の確率で冒頭の言葉に繋がるのです。
「あ、車の下に落ちてたわ〜」
見つかって本当によかった。患者さんのお財布が守られてよかった。 でも、この十数分の押し問答で、現場の業務時間は大きく削られ、事務員のHPは完全にゼロになっています。私たちは探し物のサポートセンターではありません。
薬局の袋は、なくした瞬間に10割負担が確定する「超高額商品」に化けます。
受け取ったら、何よりも先に家の中の安全な場所に置く。これだけで、救われる命(お財布と事務員の心)があります。どうか、その袋を絶対に手放さないでください。
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